June 26, 2005

『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』

20050625SW04祭りだ、祭りだ〜!

行ってきました、先々行。

日本国内あちこちで先々行は行われているので、そうそう大げさなことはなかろうと、油断して出かけた日劇PLEX。
開場前のフロアに着いて、まず報道の多さにびっくり。
そして、エスカレーター登って会場入りするベーダー様ご一行にさらにびっくり。
一気にアドレナリン放出です。
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冷静な感想はまた後で。
というか、冷静な批評は必要ないのかもしれない。
だって、私にとってはスター・ウォーズってそういうものだった。


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祭りだ。
ツッコミ満載のでも幸せな祭り。
そして、限りなく個人的な思い出もついてくる。


新シリーズ、エピソード1〜3と三部作、学生時代のふたりの友達と一緒に観ることができました。
それぞれ環境は変わったけれど、一緒に見届けられた。
たぶん、それがいちばん嬉しい。

20050625SW05
今はなんというか、寂しいです。
見届けられた嬉しさと、終わってしまった寂しさと。
めぐった時代への感謝と。


ルーカス、ありがとうね。
DVD発売の際は、お願いだから無茶はやめてね・・・。
でもどうせ出すんでしょ、フルセット。

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June 24, 2005

街でみかけたベーダー卿

20050623145943あら、ベーダーさん。

地元の駅の渡り廊下でばっり出会いました。
こんな郊外までようこそ。


いよいよ明日。
『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』の先々行上映です。

最終章か・・・。

めぐる時代への敬意を胸に、伝説の終焉を見届けよう。

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June 19, 2005

『電車男』

はっきり言って、私にとっては気持ちの悪い映画でした。


原作は2ちゃんねるの掲示板の形式で書かれているため、一目で普通の小説とは違うことが分る。つまりは描かれる世界の特殊性が一目瞭然で、解釈の上でも自然とある種の約束事が成立します。

しかし、映画ではそこが今ひとつ表現しきれていないので、とてもふつうに見える。
そして、ふつうに見えるにしては、ここで行われている恋物語は、正直気持ちが悪い。
ふつうとふつうでないことの境界線は確かに微妙なものですが、この作品は特殊な世界の住人の恋がウリ。特殊性自体がウリなんですから、それじゃいかんでしょう。


電車男の心情はいいと思います。
分野は違えど、同じオタク心を持つ身としては、居心地のいい己の世界から外へ出ること、感情の激しい揺れに向き合うこと、なかなか身につまされます。

しかし、エルメスの実在感のなさはなんでしょう。
ありゃ、菩薩か?
都合よすぎるだろう。
つまりは、電車男なり彼を応援する2ちゃんねるの人々が、エルメスを自分たちより雲の上の、スペックの高い美しい女としか捉えてないってことでしょう。実体がない。


応援する2ちゃんねるの人々も、これまた気持ちが悪い。
愛らしいのは類型的なオタク男の三人組ぐらいで、他の人々はなにやらさっぱり。単なる覗き屋か?

毒の部分が消えているので、連帯する理由が分らない。
なのに、あのプライバシーへの干渉度。そしてもはや操り人形に近いというのに、電車男の彼らへの信頼度。
果てしなく気持ちが悪いです。


考えてみれば、確かに原作もそういう小説でした。
映像化されることで、それがよけい顕著になっただけだといえば、それまでか。


2005/日本/東宝/村上正典監督/1h41/ワーナー・マイカル・シネマズ市川妙典

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June 18, 2005

『チャレンジ・キッズ』

「全米スペル暗記大会/スペリング・ビー(Spelling Bee)」に挑戦する8人の子どもたちとその家族を追ったドキュメンタリー。
なかなかの秀作です。


まず、全米スペル暗記大会自体が面白い。
競技はいたってシンプルで、16歳未満の子どもたちが英単語のスペルの正しさを競います。たとえば、「りんご」と出題されたら「A・P・P・L・E」と答えるわけです。
どんな問題がでるかは分らない。だから運もとても重要。たまたま知っている単語であれば大ラッキー。逆に、前の子の問題だったら分ったのに!ってこともあります。

大会はトーナメント形式で行われ、一度でも間違えれば即失格。学校選抜、地区選抜、州選抜、そして決勝大会である全米大会まで行われます。
決勝大会は全米No.1のスポーツチャンネルで生中継され、優勝なんかしちゃったら、もうたいへんな騒ぎ。日本の甲子園みたいなものですかね。


そんな全米大会に挑戦する8人の子どもたち。
人種も生活環境も様々ですが、揃いも揃って個性的。
はっきりいって“個性的”では片付けられない変わり者もいます。知能が高すぎる故か周囲から浮きがちな子どもが多いのですが、言動みてればそりゃ浮くわなって。

ある子どもの担任の先生の言葉が印象的でした。
「彼には広い世界を知ってほしい。そしてそこには自分と同じような子どもたちがいることを知ってほしい」
田舎の狭い地域社会では話の合う子がいなくても、スペリング・ビーの全国大会ともなればそんな子どもたちの集大成なわけですから。


子どもたちはそれぞれの理由から、こいつ大丈夫か?って驚くぐらい熱心に勉強し、大会に挑戦します。
そしてそれを応援する親たち。子どもの努力を見守り、一緒になってバックアップし、勝っても負けても頑張った子どもを誇るその絆はとても感動的です。

でもその背後には、親世代が絶えずさらされ続け、勝つか破れるかしたアメリカの競争社会が、そして自分の子どもには今より少しでもいい環境を、そこに進むチャンスをと願う親心が透けてみえ、作品の奥行きを広げています。


2003/アメリカ/ハピネット・ピクチャーズ=パンドラ/ジェフリー・ブリッツ監督/1h37/東京都写真美術館ホール

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June 12, 2005

スマッシュヒット?!

迂闊!
正直、あなどってました。


本日、日曜日の昼間。
用事と用事の間にまとまった時間が空いたので、気楽な映画でもみよ〜と出かけたのです。

『電車男』へと。


上映30分前に映画館に近づくと。
うわぁ〜。人。人。人。の大行列。

既に立ち見とのこと。
びっくりしました。上映直前で楽勝だと思ってた。

日曜日のお昼間のせいか、客層は学生さんが目立ちました。
しかも中高生?ぐらいな。

2ちゃんねるには詳しくないのですが、結構な大人がターゲットだと思っていたので、子供の多さにこれまたびっくり。
主人公役の山田孝之さんの動員力もあるのでしょうか。


そういえば、まだ公開二週目。しかも日曜日。
これで閑古鳥がないていたら、原作人気が続いているうちにと大急ぎで製作した意味がない。

さぁ、スマッシュヒットなるか?!


そして私はどうしたかというと・・・。
今日はさくっと諦めました。

もうちょっと落ち着いたら、平日の夜にでも観に行こう。

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June 07, 2005

セルゲイ・ボドロフ+浅野忠信?

「浅野忠信、ロシア映画『モンゴル』に主演」

キネ旬6月下旬号の記事です。


ロシア映画って監督はなんと、セルゲイ・ボドロフ!
びっくり!

でも、ニュース自体は5月にカンヌで発表されたそうで、知るのがつくづく遅いです。
6月から本格準備、7月クランクイン、来年世界公開予定とのこと。
今はちょうど本格的に動き始めた頃でしょうか。


とにかくいろいろ驚きました。
なんだか私の頭の中で結びつかなくて。


まず、セルゲイ・ボドロフと浅野忠信が組むってことにびっくり。

どういうご縁があったんだろう?
もともとセルゲイ・ボドロフはいろいろな国で仕事をしていますが、まさか日本ともご縁があるとは。
国際化の波がきているんだなぁ。
浅野忠信もはじめての海外作品ってわけではないですが、ますます頑張ってほしいな。


それから、セルゲイ・ボドロフがジンギスカンを題材にした映画を撮ることにもびっくり。

ロシアでもジンギスカンは有名なのか〜。なんて、考えてみれば当たり前。
キプチャク汗国とかまさにロシアじゃん。
義経伝説のおかげで勝手に親近感持ってますが、むしろあちらの方がお膝元でした。


“歴史アクション活劇”にもびっくりしたのですが、私が脳内にイメージしたのは『アレキサンダー』や『グラディエーター』やら、やたら仕掛けのでかいモノ。
これもちょっとピントが違うのかもしれません。


いろいろ想いはめぐります。
どんな映画になるのか、とても楽しみです。


セルゲイ・ボドロフといえば思い出されるのは、息子である俳優セルゲイ・ボドロフ・Jr。
2002年に氷河の崩落事故に巻き込まれ、亡くなりました。まだ30歳でした。
『コーカサスの虜』以来、父子ともども注目していたので、残念でなりません。

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June 01, 2005

『バットマン ビギンズ』ワールドプレミアイベント

昨夜行われた、別名レッドカーペットイベント。
招待券に当たった友達に誘われて、うきうきと出かけて行きました。

会場である六本木ヒルズの広場には円形の小さなステージが設営されており、その周囲を赤絨毯がぐるり。
世界最初のワールドプレミアなので、外国の取材クルーもたくさんいて、なかなかの雰囲気です。


前半は試写会の招待客が次々と赤絨毯を歩いて行くのを眺めていました。
司会の赤坂さんが一部呼び止めてインタビューしていましたが、多くの人は素通り。

おおっ!と歓声をあげてしまう芸能人。
あ〜、あの人、あの人、と名前の出てこない芸能人。
きっとモデルかなにかなんだろうなぁという見知らぬキラキラしい人。
様々見られて面白かったです。

個人的には、伊原剛志さん。格好良かった〜。
それから、ちょうど来日中だった『オペラ座の怪人』のジェラルド・バトラーが見られたのもラッキー。・・・仮面被ってないから、最初誰だか分らなかったけど。


そして、待ちに待った本陣の到着。
プロデューサー、監督のクリストファー・ノーラン。
俳優陣では、主演のクリスチャン・ベイル、ケイティ・ホームズ、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン そして、渡辺謙。
う〜ん、豪華。
赤絨毯をゆっくり歩きながら、取材に答えたり、ファンのサインに応じたり。

私は赤絨毯に遠いブロックにいたので、きゃ〜きゃ〜眺めるばかりでしたが、いいなぁ、サインもらえた人。嬉しかったろうなぁ。
でも本気な人は、出演者それぞれのパンフレットや英語の看板(「クリス、愛してる!」とか)を持って来てがんばっていたので、さすがだなぁと。
私なんぞカメラもマジックも紙も持たず・・・。まだまだ甘いな。いろいろ勉強になりました。


取材とファンサービスが終わり、本陣はセンターの舞台へご登場。
それぞれ一言ずつご挨拶して、「これからの試写会楽しんでね!」でイベントは終了。

でもね、試写会は観れないのです。
試写会前イベントと試写会は別応募の別抽選。我々はここでさよなら。
どうせなら試写会もつけてくれれば良かったのに。けち〜。
ま、観に行かなきゃ!って気になったので、宣伝としては大成功かと。納得しましょう。いいものみられたし。


それにしても、ライトを浴びると、やっぱり役者さんは一般人とは違いますね。
ケイティ・ホームズなんてどうでも良かったのですが、びっくりするぐらい可愛かった。
やっぱ、映画スターだわ。

お目当ての渡辺謙さんはもちろん素敵。気負いのない自信のようなものが感じられました。

そして、なんといってもモーガン・フリーマン!
佇まいからして違う。なんともいえない雰囲気がある。
ファンや記者への対応もとてもやさしそうで、いい人だなぁって。


こうした形で直接役者さんを目にすると、普段映像で観るのとまた違った感慨を持ちます。
以前、舞台挨拶でとある役者にたいそう幻滅し、その後観た映画も余波でボロボロに砕けたこともありました。もう台無し。
いいこともあれば、悪いこともありますが、それはそれでご一興。

またこんな機会があったらいいなと思います。


そうそう、バブルの頃より試写会のおまけが少ないと嘆いていたら(視聴者って勝手だ)、バットマンTシャツをいただきました。
要は、今回のイベントに着てねってことで、喜んで着させていただきました。
開場前は待たせんなよ〜、とぶつぶつ文句言ってたくせに、ああいうの着てしまうといきなり前向きになる自分が可笑しい。
ほんと、視聴者って勝手だ。でも、おまけは嬉しい。

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May 30, 2005

『ワンダフルライフ』

今をときめく(?)是枝裕和監督の劇場用映画第二作。

先日ケーブルテレビで是枝監督特集が放映されており、私にとっていちばん印象深い作品はどれかなぁと考えた結果、本作が当確。

なんとも不思議な雰囲気の作品です。


設定はファンタジー。
天国への入口にある古い学校のような建物。死んだ人はそこで過ごす7日間の間に、最も大切な思い出をひとつだけ選ばなければならない。その思い出は職員の手で再現・撮影され、7日目の最終日に上映会を行い、死者はその思い出だけを持って天国へ旅立つ。
天国の入口に集まった死者たちが選ぶ思い出と、それを聞き出す職員たちの物語が語られていく・・・。


老若男女、登場人物の様々な思い出を観ていると、自分ならどんな思い出を選ぶのかを考えます。
考えますが、決して説教くさくない。とてもやわらかな作品です。


「不思議な雰囲気」というのは、しばしばフィクションをはみ出しているから。

思い出を語る死者の役は、プロの俳優さんと一般の人とが取り混ぜて起用されています。
一般の人は自分の思い出を語るのですが、彼らの話がとてもいい。

特に、赤い服の思い出を語るおばあさん。
しだいに会話に引き込まれていく職員役のARATAとのシーンはとても美しかった。
そしておばあさんったら「(撮影の前に)仏壇に報告してきた」なんて、明らかに役柄を飛び越えた話もしている。
でも、作り手は決してそれを削らないので、その辺はきっちり自覚しているのでしょう。


おばあさんはじめ一般の人の話が魅力的なのは、一種のドキュメンタリーとして、作り手が丁寧に丁寧に話を引き出した結果。
それはとても素晴らしいのですが、その分、肝心のフィクション部分を弱く感じます。

プロの俳優が(限りなく即興的な演出で)演じるストーリーは、きちんとあります。
が、はっきり言って、一般の人の語る思い出のほうが印象深い。
ドラマはいいから、話をもっと聞かせておくれ、と思ったほどです。

つまりはドキュメンタリーがフィクションを超えてしまった。
そういう面では、ちょっといびつな作品でもあります。
でも、なぜかいつまでも心に残る。


ある種、いかにも映画的なキメキメな構図が息苦しいくらい美しかった『幻の光』の反動ともいえるこの作品。
本作でのフィクションとドキュメンタリーとを取り混ぜた手法が、『ディズタンス』、『誰も知らない』へと発展していったこと考えると、なるほど感も漂います。


そして注目は、今後。
噂では、次作は時代劇とのこと。どんなものをどんな風に撮っていくのでしょうか。


1999/日本/テレビマンユニオン=エンジンフィルム/是枝裕和監督/1h58/DVD

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May 24, 2005

『やさしくキスをして』

ケン・ローチ作品で、このタイトル。
初めて聞いたときは、正直びっくりでした。

原題は 『Ae Fond Kiss』。
“Ae”は“たったひとつ”、“ Fond”は“せつない”というような意味。
18世紀のスコットランドの詩人・ロバート・バーンズの詩のタイトルで、歌になったものはスコットランドではとても有名なのだそうです。


驚きのタイトルにふわさしく、本格的なラブ・ストーリーです。
ケン・ローチといえば、イギリスの労働者階級をリアリズムに徹して描く社会派との印象が強いので、ここまで恋愛が主軸なものは珍しい気がします。

ラブ・ストーリーはあまり観ないので、正直、本作は観るのをやめようかな〜と思ったのですが、やはり観に行って良かったです。
やっぱりケン・ローチだなぁって。


スコットランドのグラスゴーに住むパキスタン人移民の2世のカシムは、妹の通うカトリックの高校で、音楽教師のロシーンと出会い恋に落ちる。
しかし、厳格なイスラム教徒であるカシムの父は、同じイスラム教徒の女性をカシムの婚約者に決めており、異教徒との結婚など考えたこともない。
深く愛し合いながらも、ロシーンと家族との間で揺れるカシム。一方、ロシーンもカトリック校の教師という職業上、カシムとの関係が問題となる・・・。


人種・宗教・文化の違う男女のラブ・ストーリー。
私自身の育った環境からするとなかなか理解しがたいのですが、それでも彼らの心情はきっちり伝わってきます。

特にカシムの家族。
恋人たちの立場に立てば、時代錯誤で差別主義で頑迷で、まるで理解のない人たち。
でも、それで切って捨てられない。それだけの想いがある。
観ている私も、カシムの恋が実ればいいのか、そうでないのか、わからなくなりました。
いい、わるい、ではなく、選択は為されなければならないし、どちらを選ぶにせよ、必ず何かの犠牲の上だということか。

それからひとつ気になったこと。
なかなかに濃厚なラブ・シーンが出てきますが、恋愛の表現としてだけでなく、これもリアリティのひとつかと。
つまり異人種同士の恋愛を観念として許容できても、視覚としてリアルに表現されたらどうなの?と。
ムダなことをしない監督だと思っているのでそんなことを感じたのですが、ちょっと穿ちすぎかもしれません。


2004年/イギリス・イタリア・ドイツ・スペイン/シネカノン/ケン・ローチ監督/1h44/アミューズCQN

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May 22, 2005

『炎のメモリアル』

どうにかならなかったのでしょうか、この邦題。

「ねぇ、ねぇ、観たい映画があるんだけど、一緒に行かない?」
「え〜!何、何?なんて映画?」
「んとね〜、『炎のメモリアル』って消防士の・・・」
「なにそれ、ダッさ〜!ベタベタじゃん!」
ってなやりとりが目に浮かぶ。

邦題のせいで、客足一割減ったんじゃないですか、これ。
そのまま『49梯子車隊』じゃいけなかったの?

誠実な映画なだけに、残念です。


20階建ての倉庫で火災が発生。ベテラン消防士ジャックや仲間たちは現場に急行。取り残された生存者を救出するが、爆発が起き、床が崩落。ジャックは瓦礫と共に階下に落下し、身動きが取れなくなってしまう。
朦朧とする意識の中で、ジャックは消防士になったばかりのことを回想する。
初めての出勤。仲間たちとの出会い。初めての出動。妻となるリンダとの出会い、結婚。子供の誕生。同僚である親友の死、事故。様々な経験を経て、ジャックはベテラン消防士へと成長していく。
一方、ジャックを救うために、新米のジャックを消防士として育て上げた上司マイクや仲間のレニーたちは、決死の救出活動を続けていた・・・。


9.11同時多発テロの現場で献身的な活躍をした消防士たちをリスペクトして作られた本作。
それだけに、犯罪や陰謀、トリッキーな盛り上がりは皆無。
消防士や彼らを取り巻く家族の日常を丁寧に描いています。

ストーリーははっきり言って地味です。
本編直前にテロップで登場する、日本の各消防関係機関推薦の文字があらわすように、PR映画的なキレイゴト感も確かにあります。

それでも、それが嫌味にならないのは、作り手が本気だから。
建前ではなく、消防士へ寄せる本気の敬意が感じ取れる。
そんな誠実な姿勢が、この作品の核ではないかと思います。


2004/アメリカ/東宝東和/ジェイ・ラッセル監督/ワーナー・マイカル・シネマズ市川妙典/1h56

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May 21, 2005

『キングダム・オブ・ヘブン』

なかなか骨太な作品。
同じリドリー・スコット監督の歴史劇でも『グラディエーター』は端的にいえば個人の復讐劇で、善対悪。シンプルで分りやすいのですが、こちらはもうちょっと複雑です。

舞台は12世紀。
フランスのひなびた村の鍛冶屋バリアンの前に、十字軍騎士ゴッドフリーが現れ、自分が父親だと告げる。エルサレムへと誘われるバリアン。一度は断るも、己の犯した殺人と自殺した妻の罪を購うためエルサレム行きを決意する。
しかし、旅の途中の戦闘でゴッドフリーは深手を負う。死を悟ったゴッドフリーはバリアンに騎士としての誓いを示し、エルサレム王国と王を、そして民を守る使命を託す。
父の剣を取り、バリアンはエルサレムへ。彼を待っていたエルサレムとは・・・。


十字軍遠征における殺戮と蛮行は今では広く知られているので、さすがに十字軍=善のような薄ら寒い描き方はしていません。かといって、ムスリム=善でもない。

どの陣営でも英明な者は英明だし、どの宗教でも狂信者は等しく平和を乱す。そして、狂信者のもたらす熱狂は麻薬のように人々を惑わす。

まさに現代さながら。というより、今に続く争い。
それでも平和はあった。異なる人種・宗教の人々が共に暮らし、尊重し合った一瞬がたしかにあった。
この作品を作ったリドリー・スコットの意図もそんなところにあるのかも。


さすがに映像も美しいです。
リドリー・スコット節(?)が炸裂する光と雲と空。砂漠とぼつんとある城塞。

ただ、VFX映像などは見慣れてしまって、軍勢がたとえ他の映画より何万騎多かろうが新鮮味は感じられない。むしろ包囲戦での細かい戦術のほうが面白かったです。楠木正成みたい。


なんてことは置いておいて。
個人的には俳優陣に盛り上がりどころが多く、楽しめました。

まず父親ゴッドフリー役のリーアム・ニーソン。
こういう役は、ついジェダイ・マスターを思い出させます。なんか可笑しくって・・・。上映前に『エピソード3』の予告を観たせいもありましょう。リーアム・ニーソンには全く罪はないのです。ごめんなさい。

そして、エルサレム王国の国王・ボードワン4世。
ハンセン病のため仮面をかぶっていますが、エドワード・ノートン。ついに顔を出さないまま終わります。さすがです。英明な王。劇中、本気でその死を悼みました。

サラディンの重厚さにも感嘆。
演じたのは、ハッサン・マスードというシリアの映画スターさんだそうです。
優れた政治家、かつ、優れた武人。カリスマ性溢れる人物の奥行きを感じさせてくれます。

そして、私の最大の盛り上がり!
エルサレム王国の軍事顧問ティベリアスを演じるジェレミー・アイアンズ。
素敵だ。
あの青い衣装が誰より似合うだなんて、罪だ。

戦いに疲れ、周りのバカどもの相手に疲れ、でも敬愛する王の存命中は!となんとか尽くしてきたけれど・・・。絶望の果ての虚無。手近な言葉でいうと“やんなっちゃった”感があれほど美しい中年男性はいないのでは。

そう、ジェレミー・アイアンズ。
大好きだったのに、ルイ・マルの『ダメージ』に瀕死のダメージを受け(洒落にもならんわ)、積極的に追いかけるのをやめてしまった過去が。
お帰りなさい、ジェレミー・アイアンズ!
いや、彼はずっと活躍してましたが・・・。

つまりはこの作品は脇がいいです。
あ、オーランド・ブルームも格好良かったです。
おじさまたちほどではないですが。


2005/アメリカ/FOX/リドリー・スコット監督/2h25/日劇PLEX

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May 18, 2005

『ミリオンダラー・ベイビー』

闇に差す小さな光は、優しい。
光の下で、彼女はサンドバッグを叩き、夢を見る。
たったひとつの才能が花開く夢を見る。

昼の光は容赦なく現実を暴き出す。
貧しさを、孤独を。
昼の光がむごい分だけ、闇は優しくなるのかもしれない。

イーストウッドのまなざしは、まるで闇に差す光のよう。
昼の光には暴けない、闇にしか照らせない真実を映し出す。


小さなボクシングジムを営む老トレーナー、フランキー。
優れた指導力を持ちながら、選手を大事に思う余りタイトルマッチを先延ばしにする彼にしびれを切らし、成功を急ぐ有望なボクサーたちは彼の元を去っていく。
そんなある日、31歳の女性マギーが弟子入りを志願。昔気質なフランキーは断るが、マギーは諦めない。連日通い詰め、練習するマギー。
ジムの雑用係スクラップはそんなマギーの素質と根性を見抜き、助言をし、目をかける。
やがてマギーの執念に負け、フランキーはトレーナーを引き受ける。
ふたりの挑戦が始まる・・・。


立派なボクシング映画ではありますが、愛についての映画です。
そして、生きることについての。

イーストウッドの映画には、しばしば既成の倫理を超えた“なにか”に従い生きようとする人物が登場します。
『許されざる者』の老ガンマンしかり、『ミスティック・リバー』のジミーしかり。
その“なにか”はそれぞれですが、共通するのは強固な意志。
善悪すら超えるからこそ、闇も破滅でも、全部ひっくるめて己の生だといえる強烈な意志。
それはたまらなく魅力的なのですが、その意志を持たない者には決して踏み入れられない領域なのだということも、見せつけられているような気もします。


マギーにあるのも意志だけ。
それだけを武器に(ボクサーとしての才能もありますが)己の生を生きようとする彼女は、いっそ痛ましいほど苛烈です。

それを見守るおじぃふたり。
イーストウッド演じるフランキーとモーガン・フリーマン演じるスクラップ。
このふたりの掛け合いが楽しいです。
長〜いつきあいで培ってきたのだろうなと思わせる絶妙な距離感がたまらない。

主要人物はこの三人だけ。
シンプルですが、素晴らしいアンサンブルです。

特に役者、クリント・イーストウッド。
おじぃでなければかもし出せない、不器用だけれど繊細で深い愛。慈愛とでもいいましょうか。
胸に迫ります。


それにつけても監督、クリント・イーストウッド!
昨年の『ミスティック・リバー』もただごとじゃない作品でしたが、次にこれですか!
円熟とはこういうことをいうのだろうな。
凄みすら感じます。


2004/アメリカ/ムービーアイ=松竹/クリント・イーストウッド監督/よみうりホール(試写会)/2h13

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May 05, 2005

『エレニの旅』

「いつかふたりで、河のはじまりを探しに行こう」


河のほとり、母親の死体にすがって泣いていた3歳のエレニ。
そこに行き会い、手を引いてくれた少年への愛だけを糧に生きたエレニ。
そんな彼女に20世紀のギリシャ、そして世界の悲劇が絶え間なく降り注ぐ・・・。


ギリシャの巨匠(といわずにはいられない)、テオ・アンゲロプロス監督の6年ぶりの新作。

とにかく素晴らしいです!
観終わった後、しばし放心。魂もっていかれました。

映画好きで良かった。
こういう作品に出会えるとしみじみそう思います。


エレニたちの育った村、ニューオデッサの水没後のシーン。
これだけで既に映画です。むしろ詩か。
素晴らしく幻想的。そして意味深い。

その映像を撮るために、実際にセットで作った村を水没させたというのだから、すごい。
このCG技術の発達したご時世に、なんて贅沢な!
その上、こだわった甲斐が十二分にある映像になっているから、これまたすごい。
悲しい事に、手間かかってるのは分るんだけどね〜。それだけじゃね〜。という映像もありがちですから。


20世紀の、近現代の悲劇の複雑さは、たとえばギリシャ一国の悲劇だけでは納まらないこと。
移民としてロシアで生まれ、革命で村を追われ、故国ギリシャで難民として成長し、夢を追いアメリカへ渡った青年が、市民権を得るためアメリカ兵となり、沖縄戦線で命を落とす。


「もう誰もいない。思う相手がいない」

エレニの涙が世界に満ちる。
私は河辺でただ立ち尽くす。


2004/ギリシャ・フランス・イタリア・ドイツ/フランス映画社/テオ・アンゲロプロス監督/シャンテ・シネ/2h50

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May 03, 2005

『ハイド・アンド・シーク』

GWにふさわしい(?)ドキドキハラハラのポップコーンムービー。


母親の突然の自殺で心に傷を負ったエミリー。心配する父親のディビッドは、郊外の別荘に引越しをする。そこでエミリーは謎の友達“チャーリー”との遊びにのめり込み、親子の周囲には不可解な事が起こり始める・・・。


ロバート・デ・ニーロとダコタ・ファニングちゃんの共演。
キャストも豪華だし、そこそこ面白いです。

目の下の隈がどんどんひどくなり、言動が不気味になっていくダコタ・ファニング。可愛いだけにコワイです。

可愛いといえば、引越し先で出会う人々に、決まって「可愛らしいお嬢さんですね」と言われ、「ありがとう」と謙遜まじりに返しつつも、「そりゃぁ、うちのエミリーは可愛いに決まってるでしょ」的な表情のパパ、デ・ニーロが笑えます。


ハラハラドキドキ楽しんだのですが、率直にいうと似たような映画は沢山あります。
オチも早くに分りますし、分らせつつ映画が進むことを狙っているにしては、演出等に目新しいところはない。
似たような作品の中の“抜きん出た1本”には遠いです。
楽しめますけどね。


それにつけてもロバート・デ・ニーロ。
そろそろあなたの輝かしいキャリアの後半(失礼!)を飾る、すばらしい傑作が観たいです。


2005/アメリカ/FOX/ジョン・ポルソン監督/ワーナーマイカル市川妙典/1h42

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May 02, 2005

『Shall we Dance?』

アメリカ映画って派手〜!


ストーリー、名場面は構図まで、ほぼ周防監督のオリジナル版に忠実なのに、この華やかさ。
ハリウッドスターの輝きを見せつけられたような気がします。

ダンス教師役のジェニファー・ロペスが草刈民代の対極をいくラテン美女なので、ダンスも優美さもさることながらより情熱的。華やかさが増した一因でしょうか。

そして、リチャード・ギア。
『愛と青春の旅立ち』まで遡っても、今まで一度として彼をイイ男だと思ったことはなかったのですが。
なんとなんと。たいへん可愛らしいおじさまでした。いやぁ、チャーミング。


オリジナル版との最大の違いは、奥さんの描き方。
とても積極的な奥様で、疑惑、爆発、和解に至る夫婦関係の変化も非常に分りやすいです。
これが噂に聞く“なんでも話し合える関係”ってやつなのでしょうね。

その点は、私はオリジナル版の微妙なニュアンスのほうが好きでした。


ま、解釈にお国柄がにじみ出るところもリメイク版の魅力のひとつ。
いかにもハリウッド的な魅力に満ちた本作は、価値あるリメイク版なのではないかと思います。


2004/アメリカ/ギャガ=ヒューマックス/ピーター・チェルソム監督/ワーナーマイカル市川妙典/1h46

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『ベルンの奇蹟』

サッカー、そしてスポーツの持つ力というのは驚異的。

1954年のサッカーW杯スイス大会での西ドイツの優勝。
それは敗戦国ドイツの人々に希望を与え、今もドイツでは“ベルンの奇蹟”として語り継がれている。
・・・全然知らなかったけど。

この映画は、その英雄であるドイツ代表も描いてはいるけれど、物語の主軸はあくまで炭坑の町に住む親子です。

11歳になるマチアスはサッカー好きの少年。兄と姉とで母の経営するバーを手伝い、なんとか幸せに暮らしている。そんなある日、11年間シベリアに抑留されていた父が帰ってくる・・・。

長く不在で顔も知らない父親の突然の帰国。そして起こる混乱。
近いところでは、昨年公開されたアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の『父、帰る』と同じ、普遍的なテーマだけれど、この『ベルンの奇蹟』は、それにサッカーW杯を絡ませる。

なかなか感動的です。
親子ものだし、スポーツものだし。ま、そりゃ感動するでしょって言えなくもないですが。ともかく、上映2時間。きっちり楽しみました。


スポーツ映画は割合観るほうですが、なんだろ。どうにも覚えていない。
上映中は十二分に楽しむくせに不思議なものです。
『エニイ・ギブン・サンデー』なんて、アル・パチーノの演説に煽られてすっかり熱くなって観たはずなのに、もはやなにがなにやら・・・。

スポーツ映画につきものの終幕に訪れる勝利によるカタルシスが他のすべてを押し流してしまうのかな。
かといって負けて終わったら、それこそその敗北が他のすべてを押し流してしまうだろうし。
それだけ圧倒的なパワーだということか。


おまけにひとつ。
アディダスの創始者による、サッカー用スパイクの新作の逸話が出てきます。
ちょっとトリビアな気分。


2003/ドイツ/エレファント・ピクチャー/ゼーンケ・ヴォルトマン監督/シャンテ・シネ/1h57

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May 01, 2005

『ウィスキー』

う〜ん、苦い。
いや、苦くはないのか、どうだろう・・・。


初めて観たウルグアイ映画は、なんだか後を引くものでした。

ウルグアイって南米でしょ。サッカー強かったけ?
恥ずかしながら、知っていることといえばそれくらい。

「南米のカウリスマキ」
そんな紹介文句がこの映画を観るきっかけになったのですが、
フィンランドって北欧でしょ・・・程度の知識だったかの国の監督、アキ・カウリスマキの作品の大ファンになったように、今後なっていくのかな。少なくとも、そんな期待を持たせます。


ハコボは寂れた靴下工場の経営者。亡くなった母親の墓石の建立式に、外国で暮らしている弟のエルマンが帰国することに。弟に見栄を張るため、ハコボは従業員の真面目な中年女性マルタに妻のふりをしてほしいと頼む。承知するマルタ。そしてエルマンが帰国する・・・。


無表情でボツボツとしか交わされない会話。
中年3人のぎこちない関係が淡々と、でもどこかおかしみをもって描かれています。
役者さんが素晴らしいです。わずかな台詞、わずかな表情の変化。それで十分語っている。

そして、反復される行動と奇妙な間。
この反復がいいです。ラストにじんわり効いてくる。


映画は唐突に終わります。
結論は観客に放り出されたまま、見事にブツっと終わる。

私はやっぱりちょっと苦い、かなぁ。


2004/ウルグアイ・アルゼンチン・ドイツ・スペイン/ビターズ・エンド/フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストール監督/シネ・アミューズ/1h34

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April 22, 2005

『海を飛ぶ夢』

集中して、集中して、想像の翼を広げる。
ベッドに囚われた体は軽々と飛翔し、木々をすり抜け、風を感じ、山を見下ろす。
そして懐かしい海へ。

海の事故で首から下が不随となり、ベッドで26年間を過ごし、尊厳死を望んだ実在の人物ラモン・サンペドロの手記を基に映画化した作品。
スペインでは法的に認められていない“尊厳死”を求めるラモンの闘いを通して、ラモンと彼を取り巻く家族や周囲の人々を丁寧に描いています。

切ないです。
自分でも「寝たきりになったら死んだほうがマシ」と思っていますが、それはあくまで想像の範疇でのこと。
実際どうなるかなんて分かりません。

劇中挿入される、彼が飛翔するイメージはとても自由で豊か。
だからこそ、現実にかえったときの絶望の深さは計り知れない。
生きている限り、彼はそれを味わい続けなければいけない。
第一、これを生きていると言えるのか。
その叫びは真摯です。

ラモンは愛されています。
家族に愛され、女性にも愛され、書きつづった詩作が世に認められようとしている。
もちろんラモン自身の人柄ゆえなのでしょうが、もしかしたら他の患者さんが羨ましく思うくらいに愛されています。
周囲の人々のラモンの望みについての考えは様々で。
ただラモンの望むようにとそれだけを望む人。反対する人。
想いは違うけれど、皆、ラモンを愛している。

死を望むということは、愛してくれる、愛する人たちを振り切っていくということ。
それはラモンだって十分すぎるほど分っている。
中盤での彼の慟哭が胸に迫ります。
「何故僕は人生に満足できないのか!何故死を望むのか!」

「僕は誰も批判しない。だから誰も僕を批判しないでくれ」
「他の人のことは分からない。ただ、ラモン・サンペドロの場合だ」
どう死ぬか。つまりはどう生きるか。
それはそれぞれ、己の意志の内にあるものだけど、その意志を全うするってことがどういうことなのか、みせてもらったような気がします。


2004/スペイン・フランス/東宝東和/アレハンドロ・アメナバール監督/新宿武蔵野館/2h05

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April 21, 2005

『バッド・エデュケーション』

お〜、ノワールだなぁ。

違うテイストを勝手に想像していたので、まずそれにしみじみ感じ入りました。
まさか説教くさい告発系にはならないだろうとは思っていましたが、逆にちょっとびっくり。
とても面白かったです。
アルモドバル節を炸裂させつつ、ミステリアスに魅力的に。娯楽作としても十分楽しめる作品ではないでしょうか。

とはいえ、題材が聖職者による少年への性的虐待と同性愛ですから、イヤな人は全くイヤでしょうね。

1980年、マドリッド。若くして映画監督として成功したエンリケの元にイグナシオと名乗る青年が訪ねてくる。自作の脚本持ち込み、もし映画化されるなら出演したいと。
イグナシオとは16年前にエンリケが過ごした神学校寄宿舎での親友の名前。
エンリケはあまりにも変わった旧友に疑いを持ちながらも、彼の脚本に引き込まれる。
「訪れ」という題のその脚本。そこには寄宿生時代の2人が引き裂かれることとなった悲劇的な事件、そして劇中のフィクションとしてのその後のイグナシオが描かれていた。
すぐに映画化を決めるエンリケ。ふたりは急接近するが、エンリケはイグナシオへの疑惑を打ち消すことができない。
彼は本当にイグナシオなのか?エンリケは隠された真実を探っていく・・・。

イグナシオに扮するガエル・ガルシア・ベルナル。
時の人である彼を、監督のアルモドバルはこれでもかってぐらいいじり倒しています。ガエルは役者冥利に尽きたことでしょう。熱演でした。

でも、印象的だったのはエンリケ役のフェレ・マルティネス。
ファム・ファタール、ガエルに翻弄されつつも、決して堕ちないエンリケ。何より“知”が勝ってしまう人間の冷徹さがにじみ出ていて良かったです。

それにしても、少年時代のふたり以外は、皆、欲深い。
愛であれ、復讐であれ、野心であれ、好奇心であれ、相手を喰らい尽くさずにはいられない。
さすがラテンは濃いわ〜、と思いつつ、でもそれって人間の本質だよなと納得したり。

2004/スペイン/ギャガ・コミュニケーションズ/ペドロ・アルモドバル監督/テアトルタイムズスクエア/1h45

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April 20, 2005

『コーヒー&シガレッツ』

紡がれる会話も音楽もモノクロの映像も、心地いい。
『10ミニッツ・オールダー/人生のメビウス』での「女優のブレイクタイム」はありましたが、久しぶりのジャームッシュです。

だがしかし、変わらないことを喜ぶべきか、悲しむべきか。
う〜ん・・・。

18年もかけて撮りためた11本の短編からなるこの作品。
ジャームッシュ作品におなじみの俳優や友人たちを起用しているせいか、珍しく過去作品をたぐりつつ原点回帰、みたいな印象を受けなくもないです。

ファンが泣いて喜ぶ(私だけ?)三編目。
イギー・ポップとトム・ウェイツ出演の「カルフォルニアのどこかで」は1992年の撮影だそうです。
そこでトム・ウェイツが語るエピソードは、2003年撮影の「幻覚」に受け継がれていく。

それぞれ独立した11編は、どこかでさりげなく呼応していて、それでもやっぱり独立している。
ジャームッシュの描く人間関係にも似たところがあります。

かみ合っているようでかみ合わない会話。
会話の隙間を埋めるように、次々消費されていくコーヒーとタバコ。
コーヒーとタバコがなければ間が持たない、人間関係のそんな距離感がジャームッシュだなぁと。

正直おやおや〜って思う短編もありましたが、堪能しました。
そして次こそ長編に期待です。
新たな地平を目指す!のかなぁ。

2003/アメリカ/アスミック・エース/ジム・ジャームッシュ監督/シネセゾン渋谷/1h36

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April 19, 2005

『銀河鉄道の夜』

猫ですか?!
という驚愕も今や昔。

もはや風格さえ漂う傑作アニメーション。
昨日NHK-BSで放映されていました。

公開当時、賛否両論あんなに騒がれた猫たち。
もう20年です。

猫で良かったのは、あの一見無表情な佇まいに雰囲気があり、かつ可愛らしいこと。
そして何より、原作と原作を愛する多くの人のイメージを尊重するが故に、その最大公約数を狙うのではなく、制作者側の解釈としての確固たる世界を表現したこと。

変に媚びたり、押しつけがましくないから、自分のイメージとは違うけど、こういう世界観もあるのね〜と受け入れられたのではないでしょうか。
少なくとも私は受け入れました。

今回、久しぶりに観て、音楽が素晴らしいなぁと感嘆しきり。

1985/日本/日本ヘラルド/杉井キサブロー監督/1h47

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March 26, 2005

『エターナル・サンシャイン』

愛らしい作品です。

バレンタイン直前のある日。
主人公のジョエルは、喧嘩別れした恋人が自分に関する記憶を削除してしまったことを知る。
ショックのあまりジョエルは、自分も彼女との記憶を削除することを決意。
しかし、消去の施術中に思い出される彼女との日々はキラキラ輝いていて・・・。
止められない消去の中、ジョエルは己の記憶の中を、記憶の中の彼女の手を引き、逃げ回る。

今は大っ嫌いになったとしても、恋人と共に過ごした素晴らしい時間は確かに存在していて、その記憶こそが恋愛の本質。それを全部忘れてしまっていいの?
この映画が言おうとしているのは、そんな、なんとも気恥ずかしくもストレートな主張です。

こういうことは、ド直球で投げられると、受け手の私は「けっ」となるのですが、
そこはさすがのチャーリー・カウフマン脚本。ねじれています。
ねじれてひねって、こねくり回して届けられるが故に、逆にストンと心に響く。

ケイト・ウィンスレットは個人的に当世一番のご贔屓女優なのですが、とてもいいです。
エキセントリックなパンク娘、クレメンタイン。
へんてこりんな髪の色でも、鼻を真っ赤にして泣いても、やっぱり魅力的なクレメンタイン。
絶対面倒な女の子って分かっているのに、好きなんだよね〜って主人公の声が聞こえてきそう。
そしてまた、その主人公ジョエルを演じるジム・キャリーの受けの演技があるからこそ、クレメンタインの輝きが増すのでしょうね。

時間軸が複雑に入り乱れて物語が展開していくのですが、その場面転換がスパっと気分良くいかず、ちょっとごつごつした印象を受けます。そこが気になるといえば気になりますが、まぁ、たいした問題じゃない。

きっちりシビアで、愛らしい。
そんな、気分のいい作品です。

2004/アメリカ/ギャガ=ヒューマックス/ミシェル・ゴンドリー監督/1h47/丸の内ピカデリー2

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March 23, 2005

『ロング・エンゲージメント』

黄金に輝く美しいフランスの秋。
たわわに実る小麦畑の真ん中を、干し草を一杯につんだ馬車がのんびりやってくる。
乗るのはいかにも実直そうな農民の夫婦。
ふたりの表情がふと強ばり、馬車が止まる。
馬車に向かってくるのは車。夫を徴兵に来た車。
車のほうからいきなり突風が吹き、一瞬で小麦畑を、干し草をなぎ倒し、吹き飛ばして行く。
後、場面は一転して戦場。泥色の塹壕。

その瞬間、完璧だ!と思ってしまいました。

2時間13分。全編にわたって、すべてが隙なく美しい。圧倒的な映像美です。

第一次世界大戦に出征し、帰らない婚約者を待つマチルド。
死亡通知を受け取っても、彼女は恋人の死を信じない。
彼に何かあれば、必ず私に分かるはず。
生存を固く信じ込むマチルドは、当てのない探索を開始する・・・。

筋立てはコテコテのメロドラマなのですが、さすがジャン=ピエール・ジュネ。そうはいきません。

圧倒的に悲惨に、意味なんて見出せない泥沼として描かれる戦場と、この人の持ち味というべき、メルヘンに潜む奇妙な毒が相まって、物語の奥行きは深まります。
そしてオドレイ・トトゥが演じる主人公の風変わりさが、それに拍車をかける。

バラバラに散らばったピースをつなぎ合わせるように、複数の証言からヒントを集め、真相に近づいて行くところは、ミステリーとしても優秀だと思います。
未読ですが、原作は有名な小説だそうで、主人公カップルと別の兵士たちのドラマが絡み合い、わりと複雑な構成だと思うのですが、観ていて混乱はありませんでした。
映像に目を奪われがちですが、脚色も巧いんだろうなぁ。

『アメリ』もそうでしたが、ジャン=ピエール・ジュネとオドレイ・トトゥは相性がいいのでしょう。
どうも一筋縄ではいかない。
あんなに悲惨な戦場でさえ、主人公のマチルドにとっては、もしや恋を盛り上げるためのスパイスにすぎないんじゃないの?と思ってしまうところが恐いです。

2004/フランス/ワーナー/ジャン=ピエール・ジュネ/丸の内ピカデリー/2h13

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March 09, 2005

『ソン・フレール ー兄との約束ー』

身体が、だんだんと意志を失っていく。
己が制御できない、絶対的に違う“なにか”になっていく。

静かに、真摯にそれを見つめる。
抑制された台詞と感情。
それ以上に、身体が、皮膚が物語る。

不治の病に冒された兄。
兄は長く疎遠にしていた弟に付き添いを頼む。
反目し合い、全く交わらない人生を送ってきた兄弟が
兄の死を前に、ゆっくりと歩み寄って行く。

筋だけみれば、よくある闘病&和解&死ものですが、
さすがにそれだけじゃ終わらない。

反目し続けてきた兄弟は、お互いまっすぐ向き合うことはほとんどない。
会話するにも視線を交わさない。肩越し、背中越し。

それでも弟は、病み、衰えていく兄の身体を見つめる。
もう見つめることしかできない。
この見つめるってことが、どれだけ覚悟がいることか!

物語の終盤、弟は、もはや兄ではない“なにか”になりつつあるその身体をゆっくりとさする。
死にゆくものに触れること。
確かにあった絆を確かめるように、ゆっくりと触れること。

『トーク・トゥ・ハー』という映画。
植物状態になってしまった恋人を毎日見舞う男。
でも男は彼女に触れることが、どうしてもできない。

その気持ちが私にはなんとなく分かる。
かつて、身内が死に向かっているとき、私は怖かった。
見知っていた人が違う“何か”になっていくのが怖かったのか。
病室で戸惑う私と対照的に、叔父はすぐに病人の手を取り、それをゆっくりとさすってあげていた。

優しい、優しくない、そんな単純な話ではないんだろう。
でも、この映画の兄の身体を前に、そんなことを思い出しました。

2003/フランス/クレストインターナショナル=ムヴィオラ/パトリス・シェロー監督/1h30/ユーロスペース

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February 11, 2005

『オペラ座の怪人』

も〜はや ひけ〜ない〜  
       (ポイント オブ ノーリターンより)

うん。良かった!堪能しました。

映画版『オペラ座の怪人』を観てきました。
(以下、ネタバレあります。今更、隠す筋でもないでしょうが、いちおうお知らせを。)

1919年、モノクロの映像。
荒廃したオペラ座。車椅子の年老いた男。
猿のオルゴールが懐かしい曲を奏で、回想にひたる男。
おもむろにメインタイトルの曲が流れ出し、荒廃したオペラ座がかつての繁栄を蘇らせる。
そして高まる私のテンション。
さぁ、開幕だ!!

舞台版で味わってきたそのまま、胸の高鳴るオープニングに
これはもう浸ろう、と決めた瞬間でした。(いや、誰も止めないから・・・)

音楽は魔物です。
あっという間に異次元に連れ去る。
わたしゃ、パブロフの犬か。

とても良かったです。
ロイド=ウェーバーのミュージカルを限りなく再現しながら、
きちんと映画的に仕上がっていると思います。
私は舞台版のファンですから、贔屓目かもしれませんけど。

よく見ていた舞台版は、当時劇団四季にいらした市村正親さんのファントム。
市村ファントムがもう圧倒的で、メロメロでした。
大階段の『マスカレード』、踊れるぐらい観てました。
その分、クリスティーヌが嫌いで、嫌いで・・・。
はぁ? 何、あんた? って。全く共感できなかった。
ラウルに至っては、誰? ああ、いたね、そんな優男。ってなもんです。

当時は私も若かったので、年とれば考えも変わるかと思いましたが、数年前に観た舞台版もやっぱり、
クリスティーヌ、はぁ? って感じでした。

今回の映画では、そんな印象を一蹴。
当然クリスティーヌの心情沿いに描かれたせいもありますが、
クリスティーヌ役のエミー・ロッサムが素晴らしかった!!
彼女『ミスティック・リバー』の娘役だった女優さんね。
うん、着実だ。
ムカつかないクリスティーヌ自体初めてで、それだけで十分感心です。

舞台では描かれない、当時のオペラ座の裏方さんの光景とかが観られるのも楽しかった。
いつもどこかで誰かが見ている、劇場って舞台の特殊性が巧く使われていると思いました。

ロックなファントムも、新たな魅力で。
出番倍増のラウルも格好よかったです。

大好きな曲、「ポイント オブ ノーリターン」の場面は素晴らしかった!
クリスティーヌもファントムも、やりきった!感があり、どきどき。
あそこまでやられちゃ、ラウルはもう指をくわえながら、涙を浮かべて見ているしかない・・・。
さすが、ラウル。優男はそうでなくちゃ!と妙に納得したシーンでもありました。

日常と非日常。
クリスティーヌは日常の愛を選びます。
でも、非日常との情熱的な瞬間は決して色あせない。
クリスティーヌ当人にも、みせつけられた(?)ラウルにも。

墓碑に刻まれたように、良き妻、良き母としてクリスティーヌは生き、死んでいったのでしょう。
でも物語の中盤、「怪人がこの世にいる限り、僕たち二人が死ぬまでつきまとう」とラウルはいいます。
正にそう。
怪人が姿を消しても、たとえ死んでいたとしても、決して忘れる事はない。

1919年のシーン。
年老いたラウルとマダム・ジリー。
てっきり娘ジリーの年取った姿と思ったら、母ジリーでした。
ラウルのほうが年下。下手すれば親子ぐらい違うはずなのに、
シャンとしたマダム・ジリーに、ヨボヨボのラウル。
・・・苦労したんだな、ラウル。
苦労というか、全身全霊かけて、クリスティーヌを愛したんだと思います。
だって、気を抜けば己の頭の中のファントムに負けてしまいますから。
だからこそ、クリスティーヌの死後、抜け殻になってしまったのね・・・。

なんか哀れなんですよ、ラウルが。
舞台版にはない、年老いたラウルのモノクロの追加シーンが増えたことで、
そんな余計な事も考えてしまいました。

クリスティーヌ、女冥利に尽きるじゃないですか!!

ま、総括的に、舞台版とは違う印象を持てたことからも、
この映画は私にとって価値あるものだと思います。

2004/アメリカ/ギャガ=ヒューマックス/ジョエル・シュマッカー監督/2h23/柏ステーションシアター

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February 07, 2005

『ロード・オブ・ザ・リン グ 王の帰還』スペシャル・エクステンデッド・エディション

終わりの始まり、始まりの終わり。

なにかを見届けた後の寂しさとでもいいますか、
ああ、終わったなぁと、気が抜けたような・・・。

今はただただ、ピーター・ジャクソン監督はじめ、
スタッフ、キャストに感謝です。
リアルタムで観ることができた幸運にも感謝。
きっとこれは、ひとつの歴史になる。
ん?もうなってるか?

追加されたたくさんのシーンについて、
この場面はどう演出するのかなぁと、こちらも想像していた訳ですが、
なるほどね〜と感心したり、そうきたかっ!と驚いたり。

エオウィンとファラミアのくだりは・・・ニマニマしてしまいました。
正にボーイ・ミーツ・ガール。・・・挿入歌入りですか。

劇場版では説明不足で分かりにくかったところも
ずいぶんと補われたのではないかと思います。
筋的なものだけでなく、キャラクター個々の描写が増えているのも嬉しかったです。

本当は、原作の最後にある「ホビット庄の掃蕩」も入れて欲しかった。
わたしとしては、『指輪物語』という原作の主旨はこの章にあると思うので。
ま、それは四部作にでもしないと無理か。
あまり欲張ってはいけません。
戴冠式で物語を終えずに、ホビット庄への家路と灰色港までを
描いてくれただけでも十分です。

本編は見終わりましたが、まだまだ特典映像が8時間近く残っています。
気が抜けている場合ではなかった。
旅はまだまだ続く・・・。

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February 02, 2005

『ロード・オブ・ザ・リン グ 王の帰還』スペシャル・エクステンデッド・エディション

ついに出ました、最終章。

この三年間、幸せでした。
ありがとう、ピーター・ジャクソン!

ということで、早速購入しました。
スペシャル・エクステンデッド・エディション。
追加映像50分とのこと。
予告には出ていたけど本編になかったあんなシーン、やっぱり観たかったこんなシーン。
思い描くだけでも、幸せに・・・。

私は、劇場公開版は作り手が叶え得る最上の完成品であるべきだと思います。
メイキング映像や、コメンタリーなど、映像特典のおまけはいいのですが、
本編のDVDでの補完とか、ディレクターズカットとか完全版とかは基本的には嫌いです。

じゃぁ、なに?
あんたら不完全なデキのものを劇場公開したの?
劇場に観に行く客をなめるな!
と言いたくなります。

近頃、とりあえず劇場公開しておいて、あとはDVDでどうとでもって風潮が強すぎる。
ファイナルカットの権利やら、配給する上での時間の制限。
いろんな事情も分かりますが、ちょっとずるいんじゃないのって思います。
第一、長けりゃいいってもんじゃない。

『ニューシネマパラダイス』なんていい例です。
劇場で観たときは好きだったのに、
後に出た完全版は監督の自己陶酔が鼻について、
私的には最悪。
台無しにされた気分になりました。

というように、基本的には嫌いなんですけどね。
基本的には・・・。

でも、『指輪』は別さ!
いくら長くてもいいさ。
間延びしても、テンポ悪くてもいいさ。
いっそ原作を完全映画化しておくれ。

・・・己の好みでポリシーなんていくらでも覆るということで・・・。

早く観たいなぁ。
この週末あたり、じっくり観れたらいいなぁ。

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January 10, 2005

『舞台より素敵な生活』

ケネス・ブラナーといえば、私のシェイクスピアの先生みたいなものです。

今回はシェイクスピアではないですが、さすがに洒脱。
ロサンゼルスに住むイギリス人の劇作家って役どころは、ちょっとズルいくらいはまっています。

筋立てはいたって単純。
子ども嫌いな夫と子どもが欲しくてたまらない妻。そのお隣に引っ越してくる、足の悪い少女。
彼らの交流と別れ。もうベタベタです。

そこを面白くみせてしまうのが、この映画のいいところ。
会話のテンポがとてもいいです。辛辣で、でも温かい。
ケネス・ブラナーと妻役のロビン・ライト・ペンは相性がいいんでしょうか。
この夫婦のやりとりが、とても軽快で微笑ましい。
それから劇場の掃除夫、彼がナイスです。

小粒ですが楽しい映画だと思います。

子どもが嫌い、もといコワい私は、冒頭の産婦人科でのケネス・ブラナーの畏れに激しく同感。
あれぞまさしく脅威です。

2000/米/キネティック/マイケル・カレスニコ監督/1h38/銀座テアトルシネマ

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January 04, 2005

『岸辺のふたり』

オランダの作家が制作した短編アニメーション。

以前、劇場予告を観て気になっていたのですが、ケーブルテレビで観ることができました。

自転車に乗り、川岸にやってきた父と娘。父は娘を岸辺に残し、船で旅立って行く。
それからの娘の一生を描く、極めてシンプルで抑制された8分間。

日頃、饒舌な映像に慣らされているので、久しぶりに衝撃でした。
短編映画の神髄をみたような気がします。もしくは詩かな。

なんとなく懐かしいような画風とバックに流れる「ドナウ川のさざなみ」。アコーディオンの音色も素晴らしい。
見事な調和です。
「8分間の永遠」・・・この煽り文句は嘘じゃないです。

同じ監督の短編作品2作と併せて、劇場公開中とのこと。スクリーンでも観たいなぁ。


2000/オランダ・イギリス/クレストインターナショナル/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督/0h08/ムービープラス

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December 25, 2004

『ベルリンフィルと子どもたち』

ベルリン・フィルの教育プログラム「ダンスプロジェクト」により、クラシックになじみのない250人の子供たちがストラヴィンスキーのバレエ音楽《春の祭典》を踊る。
その公演とそれに至る過程を追ったドキュメンタリー。

興味も、やる気も、自信もない子どもたちが、紆余曲折ありながらゆっくりゆっくり前に進む。
無事公演を成功させた後の子どもたちの晴れやかな顔がとても感動的です。
同時に、世界中から難民の集まるベルリンの、荒廃とは言い過ぎかもしれないけど、子どもたちを取り巻く環境の厳しさも伝わってきます。

子どもたちを直接指導する、振付師のロイストン・マルドゥーム。
厳しく、妥協せず。でも、とても粘り強く、彼は子どもたちに接する。ダンスを通じて自信を与え、子どもたちをより高みへ押し上げようと本気で考えている。だから子どもたちも徐々に真剣になっていくんだろう。
それにしても、子どもの集団を集中させることは本当に難しい。騒いだり、ふざけて笑ったり。
私だったら、絶対キレてしまうだろうなぁ。

とても感動的だけど、なんだか自虐的な気分にもなりました。
私はいったい何をしているんだろう・・・と。

このプロジェクトに取り組む、ベルリン・フィルの芸術監督兼首席指揮者のサー・サイモン・ラトルや振付師のロイストン・マルドゥームの話す言葉がいちいち胸に突き刺さる。
これが、高みを目指し日々努力しつづける者と、どうせこんなもんさと居直る者の違いなのかしら。

2004/ドイツ/セテラ/トマス・グルベ監督:エンリケ・サンチェス・ランチ監督/1h45/ユーロスペース

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December 20, 2004

『モーターサイクル・ダイアリーズ』

爽やかなロードムービー。

事前の想像よりはるかにライトな印象を受けました。
ふたりが旅した距離は1万キロ以上。その表層を軽〜くなぞったような。

考えてみればそれもそのはず。
ここで描かれるのは、革命家チェ・ゲバラになる前の若者で。
旅がしたい、世界をみたい。その欲求だけに突き動かされ、南米の広大な大地をひたすらバイクは進む。
月並みですが、まさに青春。
南米には行ったこともないのに、なぜか懐かしさすら感じました。

ただやはり、この旅が医学生エルネストを革命家チェ・ゲバラへと導いた、とするには、軽いかな。
出会う人々、起こる事柄、扱いがあまりにさらっとしていて、旅を終える頃のエルネストの決意が唐突にも思えます。
観客は、彼がその後チェ・ゲバラになるとわかっているので、それでも納得するのでしょうが。

エルネスト役のガエル・ガルシア・ベルナルはとても魅力的。美しい男です。
でも、映画の中で印象に残った表情は、ガエル君のそれじゃなかった。

まずはチリの砂漠で出会った共産主義者の夫婦。
エルネストたちが『旅をするために旅をしている』ことを知った一瞬の表情が素晴らしい。
土地を奪われ、思想的に警察にも追われ、鉱山に職を求めに行くしかない彼らには、そんなことは夢想家の戯言。平たく言えばいい身分だと。でも、当惑と軽蔑と・・・一瞬浮かんだそれには何も触れず、彼らは言う。「旅の無事を祈っている」。う〜ん、いいです。

もうひとつは旅の同行者アルベルト。
旅の終わり、ハンセン病の療養所を発つ前のエルネストのスピーチを見守る彼。
後のチェ・ゲバラを予感させる大演説を聞く彼の、驚きと畏れとある種の悲しみが混じったようなそれ。
多分彼は気づいたんだろう。この先の道が違える事に。
この南米旅行により、アルベルトは地に足の着いた生活と愛する家族を得ることを選ぶ。
アルベルトにとっては旅の終わりで、エルネストにとってははじまり。
そのことを、そのとき彼は受け入れたんだろう。

アルベルト役のロドリゴ・デ・ラ・セルナはチェ・ゲバラの「はとこ」とのこと。縁って不思議です。

2004/イギリス・アメリカ/ヘラルド/ウォルター・サレス監督/2h07/恵比寿ガーデンシネマ

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December 19, 2004

『マイ・ボディガード』

邦題のイメージから、その昔のホイットニー・ヒューストン主演の映画を連想していました。
ところがどっこい。
とても骨太な映画です。面白かった。

邦題も、「『レオン』から10年・・・」って宣伝文句も、的外れというか余計なお世話な気がします。

ダコタ・ファニング演じるピタは本当に可愛らしい。そして聡い。
デンゼル・ワシントン演じるごっつい迷える羊クリーシーがしだいに再生に導かれるのも納得です。
そんなふたりの交流が描かれる前半から一転。
守護天使を奪われた羊は修羅になる。

後半の復讐劇が凄まじい。徹底しています。違う映画みたい。
舞台がアメリカであれば嘘っぽくなるのでしょうが、映し出されるメキシコ・シティって街が物語を裏付ける。この街がとてもいい。
原作はイタリアが舞台とのことですが、これは変更した甲斐があったと思います。

原作といえば結末が異なるとのこと。
私は未読ですが、原作ファンは賛否両論。複雑でしょうね。

クリーシーの友人役でクリストファー・ウォーケン。好きな俳優さんです。余計な事は何にも言わないけど、きちんとわかってくれている友人。悪役の多い俳優ですが、いい人役でもいい味出してました。
そういえばミッキー・ロークも出てました。パンフレット見るまで、誰だかわかりませんでしたけど。

2004/アメリカ/松竹=ヘラルド/トニー・スコット/2h26/丸の内ピカデリー2

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December 18, 2004

『レディ・ジョーカー』

薄い。・・・あまりに薄い。

期待と不安の『レディ・ジョーカー』。
うわぁ〜、ヒドい〜ってほどではないけれど、やはりあの原作を2時間にまとめるのはきついです。

新聞記者の部分をすっぱり切ったりと工夫しているのですが、分かりやすくまとめようとすることで、高村薫作品の最大の魅力である(と私が勝手に思っている)ディテールへの異様な執着が見えなくなってしまった。物語の構造も簡略化されるから、結果、薄〜い印象に。
ま、原作を読むとっかかりにはいいのかなぁ。・・・それでいいのかなぁ・・・違うよなぁ。

でも、まるっきりダメダメだったとは思いません。事前の不安よりははるかに面白く観ることができました。
冒頭の貧しい農村に襲いかかる吹雪、物井清二の手紙には思わず涙が出ました。複数の登場人物が読み上げることになるこの手紙。その重なりがとても効果的だったと思います。

役者さんでは吉川晃司。拾い物でした。
演技している彼を私はたぶん初めてみたのですが、うわぁ〜、半田だよって。特番での印象は間違いじゃなかった。
対して、徳重聡の合田雄一郎は若い!そしてカワイイ。(失礼!)
ただ吉川の半田と対峙するには、年齢的にも精神的にもちょっと迫力が足りないかな。でもカワイイからいいや。競馬場で半田を睨みつける顔が良かったです。
それから加藤晴彦のようちゃんがナチュラルで感心しました。
渡哲也の物井清三は立派すぎるような。どす黒い虚無を抱えるにはストイックすぎる。
とは思いますが、この渡哲也の物井清三のたたずまいが映画『レディ・ジョーカー』を支えたのかな、とも思います。

2004/日本/東映/平山秀幸監督/2h01/上野スタームービー

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December 12, 2004

『戦場のピアニスト』

ただいまTV放映中です。
なんだか今日は観る気分ではないので、やめておきました。
集中するので疲れるのです。気合いがいります。

公開時に劇場で、それから抽選に当たった『キネマ旬報ベスト1授賞式』のときにも観ました。
二度目のときも、気合いがいるんだよなぁ・・・とか思いつつ、すっかり引き込まれたのをよく覚えています。

「逃げる」ことと、「飢える」こと。
市街地で行われている悲惨な行為、爆撃・・・そういうことを描く映画は沢山ありましたが、
後半の主人公の意識を支配していたのは、悲しみとか怒りとか絶望とかより、飢えでしょう。

ひたすら逃げるってことと、飢えるってこと。そして生き延びるってこと。
ここまで真摯にさらけ出せるのは、とてつもないことだと思います。

今テレビをつければ放映しているのにね。
こんなに思い出して浸っているなら、観ないことにした意味がないのでは・・・。

2002年/仏・独・ポーランド・英/ロマン・ポランスキー監督/148分

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December 02, 2004

『ハウルの動く城』

木村拓哉の声優起用が不満で不安で。
どの程度のもんか観てやろうじゃないの・・・的な斜め目線もありつつの鑑賞でした。

結果は、声優陣は良い意味で裏切られたな〜って感心しきり。
すっごい気を使ってましたね。演じる方も、作る方も。
自分が中学生なら、「ハウルかっこい〜!」となってたかも。
面白かったです。
かわいらしいものも沢山出てきたし。さすが、その辺は外しませんね。

正直、声に気を取られすぎて物語に浸りきれなかったので、
もう一度ゆったり観てみたいとも思います。

宮崎作品では『ラピュタ』が一番好きです。
それとTVシリーズですが『未来少年コナン』。
今回の『ハウル』もラピュタ的なものを期待していったのですが、ちょっと違うなぁ。

パズーが、コナンが、走って走って、顔の見える悪役と対峙して、
その人を止めることができれば、世界は救われる。
物語の中ですら、もう、そんな時代は遠いってことか。
『ハウル』のうっちゃり的なラストにそんなことを考えました。

2004/日本/宮崎駿監督/1h59/日比谷スカラ座

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November 29, 2004

『ビハインド・ザ・サン』

ラテンの新風、ロドリゴ・サントロ目当てに行ったのですが、いやぁ、とっても良かった。

1910年ブラジル。土地の権利をめぐり、長年血で血を洗う争いを繰り返す二つの家族。
殺された者の血染めのシャツが黄色に変色したら、その近親者が殺人者に報復する。そして、また殺された者のシャツが黄色くなれば報復。代々その繰り返し。

長男を殺された次男(ロゴリゴ・サントロ)は掟に従い、報復する。そして次は・・・というお話。
ギリシア悲劇的な重厚さの中、ロゴリゴ・サントロの現代性というか普通っぽさが取っ付きやすさを生んでいる。これが狙いか、図らずも出てしまったのかは謎ですけど。

ロドリゴ・サントロ演じる次男もいいのですが、‘坊や’と呼ばれる彼の弟が素晴らしい。
名前もない読み書きもできない‘坊や’は、その幼さとおそらく持って生まれた聡明さ故に、大人たちの因習に反発し、大好きな兄に逃亡をすすめる。
ある朝、‘坊や’はふと目覚め、兄のベッドに目をやる。きれいに整えられた空のベッド。おやっ?って表情と、その後にじわ〜っと広がる心底嬉しそうな微笑みがたまらない。その分、逃亡した兄が帰ってきたときの驚きと落胆と多分怒りの混じった表情がまた胸に迫るのです。

‘坊や’はサーカスの少女から本をもらう。『人魚姫』。‘坊や’は文字は読めないけれど、絵は読める。サーカスの少女を人魚姫に見立て、‘坊や’は想像の人魚姫を物語る。その物語の豊かなこと!

しみじみ怖かったことをひとつ。
掟として、奪われた以上の血を奪ってはならない、血染めのシャツが黄色くなるまでは報復しないというのがある。主人公一家と敵対する家族の長老は頑にそれを守ろうとする。身内の若者が、主人公一家をいっそ皆殺しにしようと言っても、決して応じない。それが彼の誇りでもあるから。
でも長老は目が見えない。
血染めのシャツがたなびく場所で長老が問う。「本当に血は黄色くなったか?」
喪服に身を固めた女が答える。「はい。すっかり黄色ですわ」
嘘つけ!真っ赤じゃないか!!

復讐を実行するのは男ですが、それを育てるのは女。こうして復讐の連鎖は続いて行くのか。

2001/ブラジル/ウォルター・サレス監督/1h32/新宿武蔵野館

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