も〜はや ひけ〜ない〜
(ポイント オブ ノーリターンより)
うん。良かった!堪能しました。
映画版『オペラ座の怪人』を観てきました。
(以下、ネタバレあります。今更、隠す筋でもないでしょうが、いちおうお知らせを。)
1919年、モノクロの映像。
荒廃したオペラ座。車椅子の年老いた男。
猿のオルゴールが懐かしい曲を奏で、回想にひたる男。
おもむろにメインタイトルの曲が流れ出し、荒廃したオペラ座がかつての繁栄を蘇らせる。
そして高まる私のテンション。
さぁ、開幕だ!!
舞台版で味わってきたそのまま、胸の高鳴るオープニングに
これはもう浸ろう、と決めた瞬間でした。(いや、誰も止めないから・・・)
音楽は魔物です。
あっという間に異次元に連れ去る。
わたしゃ、パブロフの犬か。
とても良かったです。
ロイド=ウェーバーのミュージカルを限りなく再現しながら、
きちんと映画的に仕上がっていると思います。
私は舞台版のファンですから、贔屓目かもしれませんけど。
よく見ていた舞台版は、当時劇団四季にいらした市村正親さんのファントム。
市村ファントムがもう圧倒的で、メロメロでした。
大階段の『マスカレード』、踊れるぐらい観てました。
その分、クリスティーヌが嫌いで、嫌いで・・・。
はぁ? 何、あんた? って。全く共感できなかった。
ラウルに至っては、誰? ああ、いたね、そんな優男。ってなもんです。
当時は私も若かったので、年とれば考えも変わるかと思いましたが、数年前に観た舞台版もやっぱり、
クリスティーヌ、はぁ? って感じでした。
今回の映画では、そんな印象を一蹴。
当然クリスティーヌの心情沿いに描かれたせいもありますが、
クリスティーヌ役のエミー・ロッサムが素晴らしかった!!
彼女『ミスティック・リバー』の娘役だった女優さんね。
うん、着実だ。
ムカつかないクリスティーヌ自体初めてで、それだけで十分感心です。
舞台では描かれない、当時のオペラ座の裏方さんの光景とかが観られるのも楽しかった。
いつもどこかで誰かが見ている、劇場って舞台の特殊性が巧く使われていると思いました。
ロックなファントムも、新たな魅力で。
出番倍増のラウルも格好よかったです。
大好きな曲、「ポイント オブ ノーリターン」の場面は素晴らしかった!
クリスティーヌもファントムも、やりきった!感があり、どきどき。
あそこまでやられちゃ、ラウルはもう指をくわえながら、涙を浮かべて見ているしかない・・・。
さすが、ラウル。優男はそうでなくちゃ!と妙に納得したシーンでもありました。
日常と非日常。
クリスティーヌは日常の愛を選びます。
でも、非日常との情熱的な瞬間は決して色あせない。
クリスティーヌ当人にも、みせつけられた(?)ラウルにも。
墓碑に刻まれたように、良き妻、良き母としてクリスティーヌは生き、死んでいったのでしょう。
でも物語の中盤、「怪人がこの世にいる限り、僕たち二人が死ぬまでつきまとう」とラウルはいいます。
正にそう。
怪人が姿を消しても、たとえ死んでいたとしても、決して忘れる事はない。
1919年のシーン。
年老いたラウルとマダム・ジリー。
てっきり娘ジリーの年取った姿と思ったら、母ジリーでした。
ラウルのほうが年下。下手すれば親子ぐらい違うはずなのに、
シャンとしたマダム・ジリーに、ヨボヨボのラウル。
・・・苦労したんだな、ラウル。
苦労というか、全身全霊かけて、クリスティーヌを愛したんだと思います。
だって、気を抜けば己の頭の中のファントムに負けてしまいますから。
だからこそ、クリスティーヌの死後、抜け殻になってしまったのね・・・。
なんか哀れなんですよ、ラウルが。
舞台版にはない、年老いたラウルのモノクロの追加シーンが増えたことで、
そんな余計な事も考えてしまいました。
クリスティーヌ、女冥利に尽きるじゃないですか!!
ま、総括的に、舞台版とは違う印象を持てたことからも、
この映画は私にとって価値あるものだと思います。
2004/アメリカ/ギャガ=ヒューマックス/ジョエル・シュマッカー監督/2h23/柏ステーションシアター